限界だと思う気持ちにだまされるな!
練習試合は行うもののなかなか良いコンディションで
できない日々が続いていたのですが、この土曜日はやっと
晴天の中で一日中タップリと試合をするとができました。
最後は25分を3本、30分1本、計2試合分を連続。
チーム事情ですべての試合にでた子も多かったのですが、
その子達は最後の1本ではほとんど動けず、出足の1歩も
出がない状態になってました(ーー;
当然の事ながら散々な結果…
仕方がありません(^_^;
疲れ果てて戻ってくる子供たちに、
私:「これが今の君達の目一杯か?」
多くの子が渋々とうなずきます。
私:「じゃー、このままでいい?」
多くの子が首を横に振ります。
私:「だったら本当にこれが自分の目一杯なのか本当に自分の
限界なのか試しにグランドの外を5周走ってこい。」
不満そうな表情を見せる子も数人いましたが、水分補給し
一息ついた後に皆が走り始めました。
(私も学生の頃は試合や練習の後に散々走らされました。
あの頃はその意味に気づけず、走ることが不満で仕方なかった。
ただ他の奴に負けるのが嫌でガムシャラに走っていた。
なぜ走らせたのか。今はその意味も少しは判る。)
試合が終わった状態が本当に限界に達していたなら途中で倒れるはず。
でも全員が最後まで走り終える事ができました(^o^)
走り終えた時に彼らは何を感じてくれたのでしょう…?
子供達の顔は試合を終えた後の暗い喪失感の漂う表情と打って変わり、
何ともいえない良い表情をしてました。
彼らが‘目一杯だ。限界だ。’と感じていたのは本当に限界だったのか?
なぜこのような表情になれたのか?
広辞苑で「限界」を調べると
‘物事の、これ以上はないというぎりぎりのさかい。’
と書かれています。
この‘ぎりぎりのさかい’を決めているのは常に自分自身なのです。
‘これで限界だ。これ以上無理だ。’
あきらめた瞬間。そこが限界になる。
試合が終わった後に感じた気持ちは思い通りにやれなかった苛立ちや
負けてしまった事への言い訳なんだと思います。
そういう能力の足りていない部分を限界だと勘違いしている。
試合の中での走りどころさえ知っていればまだグランド5周分は走れた
わけです。
力の使いどころがわからないだけ。
そこは練習と経験でかならず知る事ができます。
それを手助けするのが私の役目。
自分が限界だと感じる気持ちにだまされない。
限界だと思ってももう少しやってみるとそれが本当に限界なのかわかるはず。
限界と感じたらもうひと頑張りしてみましょう。
そうやって本当に限界かを試し乗り越えながら一流のアスリート達は
伸びていきます。
自分の精一杯の力を出せた時、すべてを出し切った時の子供達の顔。
そして、限界と思った自分を乗り越えた瞬間の顔。
私の一番の楽しみはそんな顔をたくさん見ること。
私はその時に見せてくれる子供達の顔が大好きです(^^♪
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